だいじなきみへ


息を吐く度に目の前が白く染まり、すぐに溶け消えて元に戻るのが視界に映る。
コート、マフラー、手袋など、代表的な防寒具を身に付けて街を歩き回り、時折暖房の効いた店内に入っているため体はそれほど冷えていないが、動く度に北風や冷えた空気が、肌と防寒具の狭い隙間に容赦なく入り込んでくる。最高でも一桁までしか気温が上がらない中、この数日間でさらに寒さは厳しくなり、週末には雪が積もるほど降るらしい。旅に支障は出るかもしれないと思うと、今朝の天気予報士の笑顔がやたらと鬱陶しく思える。

そこでふと、脳裏に流れる映像が切り替わった。

それは同い年ぐらいの女の顔。記憶の中でそいつの耳の端や鼻の頭は赤くなり、恐らく感覚が麻痺しかけているのだろう両手の指と指を擦り合わせながら、俺に「寒いね」と笑いかけてくる。
きっと雪が降れば、あいつは子供のようにはしゃぎ回るだろう。その姿が容易に想像できた。

この街に着いたのは午後2時過ぎだった。大体そのぐらいになるだろうとは予想していたので、街に着いたら自由行動と決めていた。それが偶然、俺もあいつも『買い出し』だったのだ。…厳密に言うと、俺はトレーナーグッズ、あいつはコンテスト用のアクセサリーや私服と、その内容は違ったのだが。とりあえず名目は同じなため、ヒカリは「一緒に行きたい」と言った。しかし、あいつの行きたい店は俺の予定していた場所と反対方向にある上に、ああいう女が集まるような白やピンク色をした所には何があろうと足を踏み入れたくはなく。
結局、しばらくの口論をした後、「駅前の広場で待ち合わせをして別行動。明日の午前中は映画を見に行く」ということで合意した。正直妥協しすぎたような気がしてならないが、その原因が、後半の条件を取り付けたヒカリがやたらと喜んでいて、(…まぁいいか)なんて思ってしまったことだったりするので、諦めて心の底に沈めておくことにする。

一直線の大通りを歩きつつ、ポケギアの隅に表示された時刻を見る。解散してから約2時間が経過、約束の時間まであと30分。あいつの買い物は異様に長いので、待ち合わせをしても遅刻をすることが多い。そのため、道が開けて広場が見えるようになったとき、すでに待ち合わせ場所にその姿があることに気づいて、俺は少しばかり驚いた。

日の傾いた寒空の下、ヒカリはベンチに座っていた。その横には大きな袋が2つ、置かれているのが分かる。となると、不本意だが1つは持ってやらなくてはならない。そうしなければ、断言してもいい、あいつは必ず転ぶからだ。正直、何故あの厚着をした状態で考えなしに物を買うのか、理解できない。それでバランスを崩し、転ぶのは完全に、どう考えても、自業自得としか言いようがない。
…それでも、あの亀より鈍い歩調に合わせて歩いたり、一挙一動に気を遣ったりするくらいなら、荷物を持ってやった方がよっぽどマシだ。

着々と距離は縮まっていたが、ヒカリは未だ俺の存在に気がつかない。時折足をぶらつかせながら、無表情で、視線をぼうっとどこか分からない所に向けている。
こいつ、隣に立っても気づかないんじゃないのかと疑ったが、流石にそこまで鈍感ではなかったらしい。あと数歩といったところまで近付くと、2つの青い瞳がこちらを見た。

次の瞬間。
その表情が、先ほどの記憶と重なる、あの笑顔へと移り変わる。

兄貴がそれをよく『まるで花が開いたような』と形容していたのを思い出す。なるほど確かに、そうかもしれない。静かに閉じられていた蕾が、一瞬にして弾け、内部の鮮やかな色を見せつけてきたような――そんな感覚を味わう。


「シンジ、おっそーい!」


そして、少し勢いを付けて立ち上がったヒカリは、本来なら必要以上に待たされた分の不満を訴える為の台詞を、そうとはまったく聞こえない楽しそうな声で言い放った。恐らく、珍しく俺より先に到着したので得意になっているのだろう。本当に『遅い』などと思っているわけではないと分かっているが、納得がいくかと言えば否で、眉を顰める。多少は待たせたとはいえ、時間には遅れたどころか早いぐらいだ。文句を言われる筋合いはない。

「お前が無駄に早かっただけだ」
「でも、シンジの方が遅かったでしょー?後でジュース奢りねっ」
「なんだそれは」

もはや聞く耳持たず、といった様子に呆れて思わず呟く。
まぁいい、このまま歩き出せば付いてくるだろうと考えたところで、俺はふと"それ"に目を留めた。
そういえば、さっき過ぎった記憶の中でも――


「行くぞ」
「え?…あ、うん」


ヒカリは慌てて荷物を持とうとしたが、2つとも俺が取ったので空を切った。2つの目が零れんばかりに見開かれるのを横目に歩き出す。センターとは逆だが、まぁいいだろう。後ろから半ば駆けるような足音がちゃんと付いてきていることを確認し、歩くペースを上げた。「待ってよ」と制止の声が掛かるが無視を決め込む。我が儘を聞いてやるのだからそのぐらいしろ。

しばらくすると、少し幅の狭い道に出た。そこに1つだけあった、目的の物の前で俺は立ち止まる。ポケットから財布を取り出そうとしたところで、「シンジ」と少し掠れた声に呼ばれた。振り返ると、青い瞳が不安そうに揺れていた。


「ご、ごめん。怒った…?」


…そんなに怯える位なら最初から言わなければいい物を、と心の内だけで思う。
調子に乗ると後先を考えない、昔からあるこいつの悪い癖。しかし年を重ねるにつれて、誰にでも発揮されていたそれは少なくなり、最近は俺相手のみで回数も月単位なら数えられる程度にまでなった。もちろん嫌気が差すときもあるが、それこそ僅か。いつからだか忘れたが、この癖に付き合ってやってもいいと、思えるようになった。


「別に、怒ってない」


とりあえずそれだけ言って財布を開けようとして…ふと、自分の手袋を外し、押しつけるようにヒカリに渡す。首を傾げながらもきちんと受け取ったのを見てから、前に向き直り、小銭を入れて自動販売機のボタンを押した。ガコンと落ちてきた缶を手にとってから振り向くと、ヒカリはぽかんとした表情で俺の手元を凝視する。
今持っているのは、有名メーカーの良くあるホットミルクティー。俺が自分のために買ったわけでないのはすぐ分かる。


「これでいいだろ」
「あ…ありがと」
「…ちょっと待て」


低く呟いた制止の言葉で、缶を受け取ろうと伸ばされた手が止まる。先ほど俺の目に留まった"それ"。つまり、記憶の中で笑っていた時と同じように、冷たい空気にさらけ出された両手の指は、細かく震えていた。


「何のために渡したと思ってるんだ」
「え?」
「手袋を付けろ。そんな手で持てるわけないだろう」


擦り合わせるほど冷え切った手で、通常の体温でも暖かく感じる缶を持ったらどうなるか。まちがいなく落とす。熱くて持てるはずがない。それにようやく気づき、ヒカリは慌てて手袋を嵌めた。紺色のそれは、どう考えても二回りは大きいだろうが、まぁ引っかかっているだけで上等だろう。両方嵌めたところで缶を渡すと、ヒカリが柔らかく、微笑んだ。






「あったかい」






…今日ぐらいなら、貸してやってもいいかもしれない。
そう思ってしまったことも、やはり、心の底に沈めておく。


ニッカさんのみお持ち帰り可能です。
…致命的に遅くなって本当に本当に申し訳ありませんorz
『ヒカリを大事にするシンジ』という素敵リク、さらにあの素敵イラストを頂いたというのに…及ばなくてすみません。萌えと感謝の気持ちだけは精一杯詰め込みました。
内容は、大事にする=相手の変化にさりげなく気づくこと、かなぁ…と。代わりにタイトルは直球ストレートです。
いつもいつもありがとうございます!大好きです!ありがとうございます!!



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