LOG2
シンジ(16)→人と異種族のハーフ。最近、北の丘の屋敷に住み始めた。
ヒカリ(14)→町娘。パン屋で働いている。タケシとサトシの幼馴染み。
サトシ(16)→波動使い。6年前、記憶喪失で倒れていたのを助けられ、以来街で暮らしている。
カスミ(17?)→人魚。丘のふもとの湖に住んでいる。1日ぐらいなら足で歩ける。サトシを助けた。
タケシ(18)→宿屋で働くコック。サトシと一緒に暮らしている。
※今回は出てきません※
ハルカ(15)→王都の貴族の長女。現在は花屋兼薬屋のアルバイトをして一人暮らし。
シュウ(15?)→凄腕の魔法使い。ずっと昔から西の塔に住んでいる…らしい。人間嫌い。
・『ギルド』と呼ばれる仕事の施設があり、サトシとシンジが所属している。
・ギルドは『戦闘系』『非戦闘系』に分かれていて、それぞれが所属する系統の仕事が回される。
・サトシは『非戦闘系』街の人を助ける仕事がメイン。そこまで危険じゃなければ戦闘もする。
・シンジは『戦闘系』戦闘とか護衛がメイン。危険な(魔)獣の討伐とか、荒くれ者の退治とか。
石畳の道を、1人の少女が駆けていく。
腕には大きめの籠を提げ、膝丈のスカートの裾が舞いあがらぬよう気をつけつつ、時折すれ違う知人からの挨拶にきちんと返事をしながら、それでもあっという間に大通りを駆け抜ける。口元は、嬉しそうに緩ませて。
走り続け、街の中心部から離れてしばらく。草原の中の一本道を通っていたときだった。
「おーい、ヒカリー!どこいくんだぁーっ!?」
横から大きな声で名前を呼ばれ、少女――ヒカリは立ち止まって振り向いた。
声がしたのは少し下がったところにある、湖のほとりからだった。そこで、赤と白の帽子を被った少年と、オレンジの髪をした色の白い少女、そして背の高い優しそうな青年が、それぞれ手を振っている。
ヒカリはにっこりと笑って、大きく手を振りながら叫んだ。
「丘の上ー!」
「あーらっ、一昨日、行ったばかりじゃないのー!」
「う…いーいーのっ!今回はちゃーんとっ、お仕事、なんだからーっ!」
ヒカリは大きめの籠を掲げて少し自慢げに、ほら、これ!とアピールする。
そこで、そういえばこれは仕事だったと思いだし、慌てて大声で、
「じゃあ、急いでるから、いくねー!」
と言うと、
「暗くなる前に、帰ってこいよー!」
そう返ってきた青年の言葉に大きく頷いて、ヒカリはまた駆け出した。
実のところ、あの湖から目的地までは、それほど距離はない。
だから、ヒカリの足があれば、この場所に来るのもそう大変なことではなかった。
丘を少し登ったところにある、しっかりとした屋敷。その入り口にゆっくりと近付きながら、ヒカリはその外観を改めて眺めた。豪華ではないが品のよい外装が、林の落ち着いた雰囲気に調和している。
以前、ヒカリがこの屋敷のことを母親に聞いたところ、何十年か前に、外から来た若い夫婦が建てたらしいと言った。その夫婦が引っ越して以来、誰も住んでいなかったのだが――ついこの間、人が来たのだ。
それもまだ若いどころか、ヒカリと同年代の少年が。
扉に付いた金属の輪っかを掴み、その下に張られた板にごんごん、と打ち付ける。
やや間をおいて、扉が開いた。
現れたこの屋敷の住人が、ほんの少し目を丸くしたのと同時に、ヒカリは俗に言う営業スマイルを向ける。
「こんにちは、ベーカリー『フタバ』です。ご注文ありがとうございます」
「…指定した時間よりだいぶ早いんだが」
「別に良いじゃない、そのぐらい」
「……代金はいくらだ」
少し嫌そうにそう言った少年に、ヒカリは作り笑顔をやめて、今度は本当に楽しそうに微笑む。
そして、するりと家へ入り込んだ。
「…おい」
「あのね、うちの店はね、パンは焼きたてを食べてもらうのが基本なの」
「それがどうした」
「こんな外れまで来たら冷めちゃうじゃない」
「…だからなんだ」
「決まってるじゃない。ここでパンを焼くのよ」
「……」
「なんのためにこんな時間に、あたしが!来たと思ってるの?」
ヒカリは台所へと移動しながら答える。
前回、ここへ入ったときに焼き釜を見つけ、いつか出来ないかと画策していたのだ。
そして今日。彼から注文が来た、と店長から聞いたその場で、常連さんを増やすためだからと交渉し、ここへ走ってきたというわけである。
「だから、お代はアンタが決めて良いわよ。出来の良さで判断して頂戴」
「随分自信があるんだな」
「あったりまえじゃない。…楽しみにしてて、シンジ!」
うちの焼きたてパンを食べたら、きっと彼もそのおいしさに驚くだろう。
そうしたら、本当に常連になってくれるかもしれない。
そうしたら…会える機会が増えるかもしれない。
ヒカリは自然と、とびきりの笑顔になって、作業に取りかかった。
ごつん。固い衝撃と、額に伝わる冷えた温度。
突然の行動に驚いたのか、液晶画面に映った姿は少しだけ首を傾け、それに従って短い髪がさらりと流れた。
電話はすごい。姿が見えるし、その僅かな動きも分かるし、小さな囁き声まで距離を飛び越えて伝えてくれる。
こんな便利な機械がポケモンセンターには必ずあるのだから、直接会えなくても平気だ、なんて。傍にいなくたって大丈夫だ、なんて。そう思いこんでいた数週間前の自分をぶん殴ってやりたかった。
見えたって、触れない。温かい雰囲気が伝わってきても、直接の温もりは感じられない。
いくら話が聞けても、それは全部過去のことで。例えば何か事件が起きたって、この子が1人で立ち向かうのを、俺はただ見てることしかできない。
手が届かないのは十分遠いんだって、俺は思い知っていた。
『サトシ?』
受話器から聞こえる、俺の名前を呼ぶ声は何も変わってなくて、余計に寂しくて。
こみ上げてくる感情にそのまま従い、大事に大事に名前を呼んだ。
「カスミ」
大事な名前。1番近くで、1番多く呼んだ名前。
『…なに?』
聞き返してきたカスミの青い目と真っ直ぐにぶつかる。
真剣な表情は、俺のことを心配してるからだって分かって、嬉しくて。…少しだけ笑うことが出来た。
「短い間でも良い。ホントにちょっとだけでも、いいから」
君に、会いたい。
ぱらぱらぱら…。
起きたときからずっと、雨粒が窓を叩き続けている。ガラスの板に手を付き外を覗いてみると、濡れてぼやけた世界の中でも、朝に見たそれよりも強い雨が斜めに降っているのがすぐ分かった。すごいなぁ、と感動してしまうほどに、大量の水が生まれて落ちる。
さっき聞いた天気予報は、今がピークだと言っていた。昼過ぎ頃から勢いがだんだん弱まって、夕方までには止むらしい。
まあ、それよりも早く収まっても、今日中には出発できないのだけど、逆に今日なら、大して困りもしなかった。
もとより出発は明日を予定していたし、次にコンテストが行われる街はここからそう遠くない所にある。
ポケモン達のトレーニングも…今はできないし。
ここまで雨が降っていると外には出られないけど、部屋でゆっくりするのも悪くなかった。
むしろ、普段旅をしているトレーナーにとって、こういった時間は貴重だ。昼間は次の街やら大会に向けて移動と練習の繰り返し。夜になったら体調管理が最優先で夜更かしは厳禁。ちなみに野宿もそんなに珍しくない。
つまり、今みたいな時間が取れるのは、近くに大会も予定もなくて宿に泊まっている時だけなのだ。
窓から離れて、テレビの前に腰を下ろす。
そこでふと思いつき、冷蔵庫の扉にくっついているマニューラを呼んだ。主の帰りを待つ忠実な猫のポケモンは、名前を聞き付けきょとんと首を傾げて、ぴこぴこと歩いてくる。とても可愛い。
正面まで近寄ったところを、小さな背中を抱え込むように抱きしめる。暑がるかなぁとちょっと気になったけど、マニューラはにこにこして大人しく座っていた。これなら、しばらく大丈夫だろう。
言うまでもなく、この子はシンジのポケモンだ。
シンジは、あたしがジョーイさんにポケモン達をみんな預けていると知ると無言でマニューラをボールから出し、何事かを命令してからトレーニングに行った。
それからどこかへ行こうとすると、マニューラが後ろに付いてくるのに気付いて、彼に下された命令がなんだったのか気付いた。
テレビの電源を付け、チャンネルを変えては少し見て、また変えて。
しばらくして、あたしが見始めたのはかなり有名な洋画だった。この話は何度かリメイクされていて、これは十年ぐらい前に作られた1番新しいものなんだと、何年か前に一緒に見ていたママからそう聞いた。
切ないラブストーリーで、最初はぼろぼろ泣いたなあ、と懐かしいリビングを思い出す。
そこで、ぱたん、と静かな物音がした。
あ、帰ってきた。
振り向けば予想通り、紫の瞳と目が合う。
「おかえり」
「ああ」
そう言って微笑むと、シンジの視線がほんのちょっと優しくなった、気がした。
荷物を置いたシンジは、あたしの後ろに座り両腕をそっと伸ばす。二回りぐらい大きな体に包まれて、その温もりにとろけそうになる。映画の2人も幸せそうにしている。でもこれから先に悲劇が訪れることを、あたしは知っている。
ふいに、肩に額が落ちてきた。引き寄せられてシンジのお腹とあたしの背中がぴたりとくっつく。
深い寝息が聞こえてくる。見てみたらマニューラも寝てる。
…あたしはテレビの電源を切った。
ぱらぱらぱら…。
雨の音が近くで、遠くに響いている。
森の草むらを抜けた真正面に、泣き顔の女と目が合った。まずいと思うのと同時に女は俯いてさらに手で顔を覆い、ぐすぐすと泣き始めてしまった。くそ、なんて運が悪い。
例え知り合いだとしても、こんな場面にわざわざ関わってやるほど俺は馬鹿ではない。だがおそらく、この女は俺が黙っていても何かしらの面倒を掛けてくるのだろう。舌打ちをしかかった瞬間、女は俯いたまま掠れた声で言った。
「…ご、めんね」
「…何?」
反射的に聞き返していた。あまりにも予想外すぎて、聞き間違えたのかと思ったが、どうもそうではないらしかった。しかし、会ったばかり、会話すらしていない状況で、この女から謝罪を受けても、俺は何のことだか理解できるはずもない。
女は両手でめちゃくちゃに涙を拭い、突然顔を上げた。そして、どこの誰が何人見ようとも無理矢理に作ったと全員が同意するだろう、ぎこちなく引きつった笑みを浮かべ、予想だにしなかった行動に驚きを隠せない俺を未だ潤んだ瞳で真っ直ぐに見据える。
「こ、んなのみて、びっくりした、でしょ?も、だいじょぶ、だから…」
嗚咽を噛み殺しているのか、とぎれとぎれに紡がれるのはそんな一方的な言葉。何も言えずにただ向けられた視線を返したのも数秒、一方的な女は「おわび。ほんと、ごめん」と俺の手に何かを押しつけて、足早に去っていった。
小さな背中と草をかき分ける足音が全て消えてしまってから、ふと手の中にある物に視線を移す。黒の地に蜜柑のイラストが描かれた小さな袋がひとつだけ乗っていた。…飴だ。
これが詫びと言えるのか、と少し呆れつつ手の中でそれを無造作に転がす。
もともとこういう物は、のど飴以外に食べない。好きでもない、が。
あの女の謝罪が、不細工な笑顔が、後ろ姿が脳裏にちらついて。
パッケージを破り、オレンジ色に染められた飴を口に含むと、予想と違わぬ人工的な味が舌を刺激する。恐ろしいほどの糖分で出来たそれはかなり甘く、しかし、まるであの女の涙のようだ、と思った。
じりじりと照りつける日射しの中、ヒカリは1人で歩いていた。
湿気をたっぷり含んだ暑さが体力を奪っているのも、しばらく水分を摂っていないのにも気づいていた。それでも普段より早足で、目的もなくただ歩く。
彼女の頭の中ではとある映像が繰り返されていた。
夏休みといえば、学生の中でかなり大きなポジションをしめるイベントだ。
もちろんそれには迫り来る宿題の恐怖もあるけれど、1ヶ月半近くもある長い長い休暇は、学生に無限の夢を見させてくれる。
花の女子高生であるヒカリも、たくさんの予定を組んでいた。女友達とのショッピングや海水浴。家族との旅行。学校の部活動。
そして、あの無愛想な少年との約束。
期末テストが終わった頃から何度も何度も彼の教室に通い詰め、ヒカリはシンジに映画の予定を取り付けていた。あまりのしつこさに半ば呆れられていたけれども、それでも約束は約束だ。今だってスケジュール欄にちゃんと書いてある。お母さんからもらった割引チケットの期日と同じ、この月の最後の日。
何を着ていこう、何をしよう。自分でもよく分からないぐらい真剣に悩んで、同じぐらい、浮かれていた。それほどに嬉しかったのだ。毎日、寝る前に手帳をチェックしたり、雑誌を読んだり友達に相談したり。
それなのに。と、苦々しい気持ちになったヒカリはくっと唇を噛んだ。
今日、ヒカリが学校の図書館で読書感想文の本を探しているとき、奥の方から誰かの話し声が聞こえてきたのだ。数人の女の子たち。その中の1人に見覚えがあった。シンジのクラスの子だ。
『ねえねえ!シンジ君さ、あのバトル大会に来るかな?』
『そりゃ来るでしょ、あのバトル好きが参加しないわけないし』
『商品も豪華だしねー。それにその日ってフリーらしいよ、シンジ』
手から本が落ち、床に転がったのもそのままに、ヒカリは出口へと走った。
走って、走って、走り続けて。図書館から少し離れたところで、一度足を止める。乱れた息を整えている間も、あの女の子達の会話がずっと頭に残っていた。
バトル大会は隣の市で行われるため、ヒカリは詳しくはなかった。しかし今年は特に規模が大きいらしく、ときどきウワサが聞こえてくる
(たしか、開催日は)
開催日は、あの映画を見に行く日だ。
頭がぼーっとして、すでに何回か足もふらついている。それでもヒカリは歩くのをやめず、公園に入っても、わざと日陰は避けて通った。
なんとなく空を見上げると、太陽の位置が少し変わっている気がした。
もうどのぐらい経つんだろう。ポケッチを見ようと上げた腕が、がっと掴まれる。
驚いて振り返ると、少し息を乱した少年が、そこにいた。
「シ、ンジ?」
「お前、なにしてんだ!!!」
怒鳴られて思わず体が退き、そのまま足ががくん、と崩れた。
とっさにシンジが支えたので倒れることはなかったが、足に力がほとんど入らない。ヒカリが驚いているうちに視界が低くなる。ベンチに座っていると気づくのにしばらく時間がかかった
目の前に、蓋のないペットボトルのポカリが差し出される。
「飲め」
有無を言わさぬ圧力に、ヒカリは素直に従った。
ごくん、ごくん。喉にしみこむように流れる冷たさを感じる。気がつくと、中身の半分以上を飲み干していた。
呆然としていると、上から大きなため息が降ってきた。
「バカじゃないのか」
「……アンタの、せいよ」
ヒカリは俯いたまま、何も考えずに言った。
「何?」
「だって、アンタが、31日がフリーだとかいうから!どーせ朝からバトルに参加するんでしょ!クラスの女の子達楽しみにしてたわよ、シンジ君のバトルがみれるって!!」
叫んだ後に、ぎゅっと手のひらを握りしめた。爪が食い込んで痛い。
でも、胸の奥はもっと痛かった。
しばらくの、沈黙の後。
足下の影が少しだけ揺れて、呆れたようにシンジが言った。
「お前、あの大会の開始時間知ってるか」
「……知らない」
もう一つ、ため息。
「午後2時、だ」
「……は?」
思わず顔を上げてシンジを見た。紫色の瞳はそのぐらい調べておけ、と言わんばかりだ。
「午前中に映画を見れば、そっちにも間に合うだろ」
「…約束、覚えてたんだ」
「あれだけ毎日言われたことを簡単に忘れられるか。あのピカチュウ連れなら別だがな」
嫌みっぽく言われた言葉も、ヒカリの頭には届いていなかった。
それよりも別のことがぐるぐると駆けめぐっていたからだ。
(あたしの勘違い…よね?シンジは覚えてたんだし…。っていうか、さっきのあたしのセリフってカンペキ嫉妬…まさかシンジ気づいてないわよね!?いつもこーゆーことには鈍感だし、気づかれてたらあたしもうやってけないわよ!!)
顔が真っ赤になっていることも忘れ、ヒカリは1人慌てる。それを見たシンジが、小さく笑っていることも知らず。
「おい」
「な、なに!?」
ヒカリが勢いよく立ち上がると、頭にとん、と軽い衝撃を感じた。
シンジが、頭に手を置いたのだ。
「日射病になりかけたんだ、急な行動はするな。送ってやるからさっさと帰れ」
「い、いいわよ1人で帰れるから!」
「途中で倒れられたら後味が悪い」
どうにも相手は引き下がるつもりはないらしい。仕方なく頷くと、シンジが出口へとゆっくり歩き出した。ひと1人が入れるぐらいの間をあけ、半歩下がってヒカリがついていく。早鐘を打っている自分の鼓動が伝わったらどうしよう、と不安に思いながら。
このとき、ヒカリはまだ何も知らなかった。
シンジがペアでないと参加できないダブルバトル部門に出場することも、パートナーに迷いなくヒカリを選ぶことも。
まして、2人で優勝台に立っているなんてことは、予想出来るはずもなかった。