近くの体温



「シンジ!」

街中で、聞いたことのある声が自分の名を呼んだ。立ち止まって半身だけ振り返り、見たことのある女がこちらへ走ってくるのを視界に捕らえる。
女は傍に来て止まり、弾んだ息を整えながらにっこりと微笑んだ。

「あのっ、ほらその、久しぶり!」
「……それだけのことを言うために走ってきたのか?」

思ったことをそのまま口に出すと、女は笑顔から一転し目をつり上げて「可愛くない!」と言い放った。

「結構だ」

俺は、例えどんなことがあっても可愛いなどと形容されたくはない。一つ一つを強調して言い捨てると、斜めになった目の付近がぴくりと動いた。また何か言うのかと思ったが、女は「まぁいいわ」と何か含みのあるため息をついて顔を元に戻し、ぼそりと呟くように言った。

「むしろそれでこそシンジよね…」
「何が言いたい」
「なーんにも。ところで、どこに行く予定だったの?」

女が少し微笑んで聞いてきた。「それを聞いてどうするんだ」と言うと「ついて行くに決まってるじゃない」と即答される。本当に自分勝手な女だ。
なんでこいつは俺に構ってくるのかと半ば呆れたとき、ふと1ヶ月ほど前のことを思い出した。





『あたし、シンジが好きなの!』

夜、ポケモンセンターの付近でこの女はこう叫んだ。そして、『…だから?』と聞き返した自分に、握り拳を向けて宣言したのだ。

『次に会ったときから、アンタにアタックして…絶対あたしのこと、好きにさせてみせるから!覚悟しといてよ!』





「…シンジ?どこいくの、ってば」

ふと気がつくと、自分は歩き出していたらしい。そして視線だけを横に向けると、着いてきたらしい、あの女が隣に並んでいた。
…仕方がない。

「フレンドリィショップ」

単語を言っただけなのに、女は酷く嬉しそうに笑った。そして「そっか」と噛みしめるように呟き、どことなく雰囲気も弾んだものになる。
…何がそんなに嬉しいのか。まったくもって理解不能だ。



それから、女は速い口調で自身の旅の出来事について話し出した。内容は本当にくだらないものだったため答えてやる必要性があるとは思えず(それ以前にマシンガントークと呼ぶべき女のそれには返事の隙間すら無かったのだが)俺は黙って歩き続けた。



そんな状態がしばらく続いた頃だった。



ふと、女の言葉が止まっていることに気がついた。再び視線だけで確認すると、隣にあったはずの姿が少し後ろの位置に移動し、歩みもどこかぎこちなくなっているのが見えた。大通りに出たせいで人が増し、上手く進めないらしい。狭い隙間を器用にくぐり抜けているが、小柄な体がこの流れに逆らい続けるのはほぼ不可能。距離が空くどころか、姿が見えなくなるのも時間の問題だろう。
…つくづく手間の掛かる女だ。

「来い」

ちらりと見えた腕を掴んで(その細さに間違えたのかと思ったが、確かにあの女のものだった)ぐいと引っぱった。驚いて目を見開いている女の体を自分の後ろに回し、人混みの隙間を抜けたりこじ開けたりして通り抜け、横道に入る。たった一本逸れただけなのでまだ歩きやすいとは言い難いが、随分と人数は減っていた。
一応後ろを確認すると、女はまだ目を見開いている。随分と間の抜けた面だ。

「なんだ」
「えっ、あ…うん」



「……ありがと」



僅かに頬を赤くして、柔らかく微笑んだその表情を見た瞬間。
心臓が奇妙な音を立てたように感じたのは、気のせいだと思いたい。

そしてしばらくして着いたフレンドリィショップで、店員が手元を凝視して意味深な笑みを浮かべたのを見、俺はようやく思い出したように、自分より僅かに高い体温の腕から手を離した。


初・手繋ぎ話!…のはずだったんですが…;



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