※ちょっと未来※
不器用な人間の精一杯



決着を告げるコールの後、その場に留まる必要はどこにもない。
赤い光が走り、エレブーがボールに戻ったのを確かめ、くるりと向きを変えた。もはや声でなく音と呼ぶべき歓声や、耳障りな程の拍手を背に、選手用の通路へと向かう。音はそれでも追いかけてきて、酷く鬱陶しい。

…奴等は、何の為にこの大会を見に来たのだろう。自分の場合は、その大会で得た知識によって戦術に工夫を加え、バトルに生かす為だったが。あの騒音を生み出す中に、そんなトレーナーがいるとは思えない。
その点では、あのピカチュウ連れはマシな部類だったのだろう。温いことには変わりないが、一応の向上心はあり、何かを学ぼうと必死になって、他人のバトルを馬鹿騒ぎの道具にはしていなかった。

蛍光灯で照らされた廊下に入ると、騒音が切り取られるのを感じ、少し歩くスピードを上げる。次の試合も近いため、これが鳴り止むのも時間の問題だろうが、出来るだけ早く全ての音を閉め出してしまいたかった。
それほど通路は長くない。もう少し進めば待合室に着くはずだ。

予想通り、緩やかなカーブの先に分厚い扉が見えた。



――しかし、予想していなかった姿も、その手前にあった。



自身も、連れの2人もエントリーしていないのにこんな場所まで来て、その女はじっと俺を見ていた。それだけでもう間違いようがなく、こいつは俺を待っていたのだと分かる。
ある程度の距離まで進んでから、俺は立ち止まった。すると一瞬、女の瞳に驚きと安心が見えた。意外だったのだろう。確かに俺は、待っていたからといって立ち止まってやる人間ではないし、むしろ途中までは通り過ぎるつもりでいた。

ただ、その女の表情が。
まるで、これから試合をする人間のように、むしろ先ほどの対戦相手よりも、ずっと真剣で挑戦的なもので。
久しく見ていなかったその強さに、興味が湧いたのだ。


「何の用だ」


わざと高圧的に言うと、女の体がぴくりと揺れて、眉が不愉快そうに少し寄った。鋭くなった視線に内心で笑う。先ほど倒したトレーナー達の誰よりも強い意志。奴等もこれだけの物があれば、もう少し強くなれただろう。


「さっきの試合、見たわ」
「そうか」


次は何だ。相変わらずのぬるい批判でも言うつもりだろうか。
そう予想した瞬間、女の口からは、見当違いの言葉が飛び出した。






「…決勝進出、おめでとう」






「……は?」
「っだから!おめでとうって言って、総当たり全勝でしょ!」


確かに、いくつかの条件が定められているこの大会は参加人数が少なく、予選は総当たりという珍しい形式だったが。
冷静にそう考えてから、ふと未だに睨みつけている女に気づき、現状に対しおかしさがこみ上げてきた。それは抑えきるのが難しく、声を押し殺して笑った。


「お前…その表情で祝っているつもりか?」
「う、うるさいわね!」


自分の態度がおかしいのには気づいているらしい。顔を赤くして叫んだ様子が、少し子供っぽく見えた。
しばらく視線を外して笑っていると、女が「笑いすぎ、シンジ!」と叫んだが、やはり堪えるのは難しかった。にやりと口の端に笑いを留めたまま女を見る。


「あのピカチュウ連れが参加していないな。条件に合わなかったのか?」


一度きょとんとしてから「あぁ」と小さく呟いて、今度は女が微笑んだ。それがなんだか寂しげで、先ほどの強さとのギャップに驚くほどだった。


「サトシとタケシは旅してるわ」
「は?」
「あたしもサトシも、別の地方に行ったの。だから今は一人旅」


「アンタに会ったのは偶然よ」と言った女は、次の瞬間、挑むようでも寂しげでもない、完璧な笑顔を俺に向けた。






「決勝戦、頑張ってね」






そして女は、横の通路を悠々と歩いて、見えなくなった。























最終調整の後、みんなをボールに戻してから、一人ため息をついた。
今日のコンテストは、この地方にきて初めてのものだ。見知らぬ街の観客は誰一人として自分を、ポケモンを、私達の演技を知らない。ふと、不安が足首を掴んでいる気がして、振り払うように歩き出した。

ポケモンセンターに戻ると、どこからか、朝の静寂を破る元気な声が聞こえてきた。裏にある広場だろうか。回って見るとやはりそうで、2人の少年が楽しそうにバトルしていた。その周りを、同い年ぐらいの子供たちが取り囲み、「頑張れ!」「負けるな!」と無邪気に応援している。
懐かしいなぁと思った、そのとき。後ろから声を掛けられた。


「ヒカリさん」


落ち着いていて優しい声。振り返った先にいたのは、ジョーイさんだった。


「ジョーイさん…どうかしましたか?」
「ええ、あなたに手紙を預かっていたの」
「…手紙?」


彼女から真っ白い封筒を受け取ったとき、後ろでわぁっと大きな歓声が上がった。どうやら決着がついたらしい。次のバトルは誰がやるのかとはしゃぐ子供達を見て、ジョーイさんが柔らかく笑った。


「あの子達、今朝からずっとなのよ。昨日の夜、すっごく強いトレーナーさんに指導してもらったんだって、自慢するの」
「すっごく強いトレーナー、ですか?」


私も教わりたかったなぁと思った瞬間、ジョーイさんは笑みを深くして言った。






「たぶん、あなたもよく知ってる人よ。その手紙を頼んだ男の子だったから」
「…え?」






混乱しかけた頭で命令を出し、簡素な封筒を開ける。
中には、封筒と同じく真っ白なメッセージカードが一枚。

そこには、ちょっとだけ神経質さを感じる綺麗な字が、1行並んでいた。






『お前程度が出来る事ぐらい、完璧にやってみせろ』






「ねぇ、彼がどんな人なのか、教えてくれる?」


ジョーイさんが茶目っ気混じりに聞いた。
素っ気ないメッセージカードを、大事に胸の中心に当てて、あたしは心からの笑顔を向ける。


「バトル馬鹿で、口が悪くて、本当に可愛くない奴ですけど…なんていうか、真っ直ぐなんです」





不安はもう、どこかへ行ってしまっていた。

両方とも不器用なりに頑張りました。
…私が1番頑張れませんorz



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