昼休み。「顧問が休んだから部活がなくなった」とヒカリに言ったら、彼女は目をきらきらと輝かせて「じゃあ、ちょっと遊んで帰ろうよ!」と誘ってきた。話を聞くと、どうやら駅前に出来た新しいアイスクリーム屋に行きたいらしい。二つ返事をすると、飛び上がりそうなぐらい喜んでいた。アイスで喜ぶなんて、まるで小さな子供のようだ。もちろん高校生はまだ子供にも入るし、彼女の可愛らしさだと言える。
けれど恐らく、今回彼女にとってあたしは、悪く言うなら、妥協した相手のはずだ。
もちろん、最近部活で忙しく時間のなかったあたしと遊びたかったというのは本当だろうが、きっと以前に、本当に一緒に行きたかった相手……つまり、ヒカリとついこないだ付き合い始めた、あの仏頂面の少年に断られてしまい、あたしと行くことにしたんだろう。
しかし、そういう態度や残念そうな所をちっとも見せないのが、彼女の良いところだと思う。
そうして放課後になり、あたし達は少々の行列に並んで買ったそれぞれのアイスを持ち(ヒカリのリクエストでコーンだ)人の少ない道の端で壁に寄りかかって食べていた。
開店祝いでダブルが安くなっているということで、あたしはコーヒーとバニラにしようと、大体すぐに決まったのだが、ヒカリは随分悩んでいた。クリームソーダをやめてイチゴミルクにすることはなんとか決めていたが、バニラかチョコチップかがどうしても決まらず、最終的に、あたしのバニラを一口あげるということで、チョコチップに落ち着いたのだ。代わりに、ヒカリからもチョコチップを一口貰うという約束で。
「やっぱり、バニラもおいしいね」
「あぁ、チョコチップもおいしかった。ここのは結構味がいいね」
「ホント?ノゾミの口にあってよかった」
あたしが甘い物をそんなに好きじゃないことを、少し気にしていたんだろう。ヒカリは安心したように笑ってスプーンを口に運んだ。あたしはもう最後の一口を食べ終わったのだが、ヒカリはまだチョコチップを半分残している。本当に美味しそうに食べるな、と微笑ましくみていて――突然、ヒカリのスプーンが止まった。笑顔がぱっと数倍にも明るくなる。
「シンジ!」
街中で大きく名前を呼ばれた男は、鬱陶しそうにヒカリを見て、それからあたしを一瞬だけ視界に入れて、あたし達の手に何があるのかを確認してから、渋々といった足取りでこちらへ近づいてきた。
今の視線からして、やはりヒカリの誘いを断ったんだろうが、まさか気にしていたのか。あの冷血漢が。
「…なんだ」
「こないだ話したアイス屋さんの奴なの、これ」
「だからなんだ」
「ひとくちあげるから、食べてみなさいよ。おいしーんだから」
はい、とヒカリは手に持ったスプーンを差し出して言った。驚いたのはあたしだけじゃなかったんだろう、目の前の男も目を微かに丸くしている。おかしくはない。この2人は一応(断ったりもされるが)付き合っているのだから。
ちらっとヒカリを見ると、口を真一文字に結んでいるだけで、照れた様子はどこにもない。何も考えずに、とにかくシンジにアイスのおいしさを伝えたいらしい。
しばらくしても食べないシンジに苛ついたのか、ヒカリが少し声を荒げた。
「もうっ、ノゾミもおいしいって言ってくれたのに!早くしないと溶けちゃう――」
そのとき、だった。
言葉を遮るように、シンジがスプーンを無視して、反対側の手にあるコーンを取ったのは。
いきなりのことに反応が遅れ、ヒカリの手からそれはするりと抜けていく。
そしてシンジは、そこに残ったアイスを――ぱくり、と一口で食べたのだ。
「…………え…えぇぇぇっ!?」
「うるさい」
「…アンタ、そりゃないだろう」
呆れながら、「ヒカリのアイスどうするんだい」とあたしは空のコーンを指さして言った。ヒカリはヒカリで、「まだちょっとあったのに!」とポカスカ相手を叩いている。シンジはフン、と鼻を鳴らしてコーンをゴミ箱に投げた。
一体何が目的なんだと考えていて――ふと、あたしはある可能性に行き着く。
周りから見たら、意外なことかもしれないけど。…でもこいつが本当にそうなら。
面白そうだし確かめてみるかと、あたしは未だに叩かれている男に向かって、にやりと笑ってみせる。
「シンジ、アンタも結構子供だね?」
「……何が、だ」
ああ、やっぱりだ。
その微妙な沈黙は、僅かに焦ったような視線は。
後ろめたさが少しはあるってことだろう?
アタシは大笑いしたい気持ちを抑えて、ヒカリ、と名前を呼んだ。
「もう一回アイス屋行ってきな」
「え?」
「クリームソーダ、悩んでただろ?シンジに奢らせるといい」
ヒカリの視線があたしからシンジに移る。…しばらくして、舌打ちをしたシンジがくるり、と駅の方へ向きを変えた。「ありがとシンジ!」とヒカリが満面の笑みで言う。
「ノゾミも、ホントにありがと!」
「ははっ。じゃあねヒカリ。楽しくデートしてきな」
「…うん!ノゾミ、また明日!」
少し頬を赤らめ、心底嬉しそうな笑顔を浮かべたヒカリは何度か大きく手を振ると、すでに歩き始めた男の背中を追って走っていった。